庭に遊んでもらっている。
庭の話
庭付きの家に住んでいる。 そういうと日本庭園のようなものを思い浮かべ、 池に鯉を飼っているイメージがするがそれはウソだ。
田舎の庭付きとは雑草に囲まれたボロ屋である。 たぶん小鳥たちが種を落としていくのであろう。 山茶花やらビシャコやらの木々が無造作に生えている。 その隙間を埋め尽くすように、 名も知らぬ草花が生い茂っているわけだ。
しかも先週は雨が多かった。 やっと極暑が終わり「普通の夏」になったかと思えば 秋雨前線が張り出してきたらしい。 おかげで放置された雑草たちの丈は腰の高さになっていた。
ということで今日は朝から草むしりをしていた。 高枝バサミが得意の得物である。 これで草の根元からバッサバッサと切り倒していく。 この季節、草陰から虫たちの襲撃もあり、 首元を狙う蚊もいて油断ならない。 防御スプレーは必須と言っていい。
陽が昇ると蒸し暑くなり、長袖シャツは汗だくに濡れる。 不快指数が上昇する。 それでもまだ、玄関まわりが片付いたに過ぎない。 よくわからないツタ植物が雨樋に巻きついて屋根に登っている。 こうした状況にも高枝バサミは有能だ。
とりあえず午前の部は終了して屋内に入る。 シャツを洗濯機に放り込みエアコンをつける。 ああ、疲れた。 でもこれって、また1週間経てば元の木阿弥なんだよなあ。
そして気づく。 これは遊んでもらっているんだな、と。
庭がやるべき仕事を増やして、 それに振り回されて一日が終わる。 たぶんそのことを自分は楽しんでいるんだと思う。 やあ、初めはどうなるかと思ったけど、 なんとかなったよ。 荒れていた裏庭の少し風通しが良くなった。 何やら木々の葉っぱに光が宿ったように見える。 いい仕事をした。
これは庭が自分と遊んでくれたのだな。
先週のiPad
振り返るとiPadの環境もそうだ。 やらなくていい仕事を見つけ、 あれこれ手を入れているうちに また一段と光が宿ったように見える。
まずazooKeyが良くなった。 Zenzaiが搭載されたことで誤変換が大幅に減った。
書き直すことがほぼなくなったし、 思った変換にならなくても 後から範囲選択するだけで適切な修正が選べるようになった。
いま、このライブ変換に合わせた配列を試しているけど、 おおよそのところは固まりつつある。 日本語が考える速度でタイプされていく。 これはたまらないなあ。
ObsidianのほうはTagLinkかな。 同じタグを持つノートを一覧表示する。 2hop linksにもある機能だが、 コアプラグインだけで実現する。
関連するノートが並ぶ。 意外と古いノートがヒットする。 これが面白い。
あと、念願だったスライドカーソルを実装できた。 2本指でカーソルをコントロールする。 これはタブレットがパソコンのメタファーから自立するための必需品。
パソコンはディスプレイとキーボードが分離して完成するシステムだが、 タブレットはそうじゃない。 スマホとも違う。 この形に合うメタファーを見つけるべきだろう。
そういう意味でazooKeyはいい。 物理的な配列に束縛されない。 ローマ字入力とは何かを模索できる。 入力する内容に特化した配列を呼び出せる。 そんな柔軟性がある。
先週はほんと、いろいろありました。
まとめ
ツールと遊ぶのも好きだけど、 テキストとも遊びたいな。