Jazzと読書の日々

iPadを筆記具として使う方法を模索します

アイデア・アニミズムという考え方

ノーティングを庭園の手入れに喩えるとしたら、 そこにあるのはアニミズムじゃないかなと思いました。 ありとあらゆるものに魂が宿っているという世界観。

「魂」というと大袈裟だけど 「生きている」と感じつつ応対する心構えですよね。 相手を「他者」として歓待する。 敬意を持ちながら接する。 それでいて同じ「命」として底流では繋がっている。

そうした姿勢をアイデアに対して持つとどうなるのか。

ライフログ

イデアが浮かんだらまずLifeLogです。 ショートカットを使って記録する。 この記録はObsidianのThinoを使って確認できる。 そういうシステムを組んでいます。

これ、蝶々を虫取り網で捕らえる感じですね。 すぐどこかに飛んでいってしまう。 チャンスが来たらすぐ捕捉せねばなりません。 やっぱり「他者」なのですよ。 自分が考えて作り出したものではない。 偶然の僥幸によって出会うものです。

といって、何もしなくても出会えるほど単純でもない。 黙って座っていても何も浮かばない。 それより外に出て歩くことかな。 あるいは箒で掃き掃除をするか。 リズムに合わせて身体を動かす。 それも身体から出てくるリズムがいいように思います。

たぶん歩行と思考はリズムで繋がっているのでしょう。 赤ん坊が二足歩行を始めるのと初語を語り出すのは同時期です。 だいたい一歳前後。 生命のリズムをつかみ、それが身体と言語に分化していく。 そのリズムに立ち戻るのは散歩をするのがいいかな。

歩いていると心の中にアイデアが立ち現れる。 それをスマホのThinoに書き留めておきます。 あらかじめObsidianを起動し、 Thinoの画面にしてから散歩に出かけるようにしています。 うちのスマホAndroidなのでショートカットが使えないんです。

Ask Your Self

さて、捕らえたアイデアをどう育てるか。

最近始めたのはThinoのまま自問自答するブレーンストーミング、 デイリーノートに直接連想を書き足す方法です。 AYS(Ask Your Self)と命名しています。

Thinoはリスト形式なので、 改行してリストを増やしていく。

基本は「○○とは何か」と自問します。 定義を尋ねる感じですね。 今朝はThinoに「アイデアアニミズム」というアイデアを捕捉したので、 ちょっと時間が空いたときに Ask Your Self。 ひとりブレーンストーミングを仕掛けてみました。

一行上のどれかの単語を取り上げ「それは何か」と問いかけます。 厳密な定義ではなく、そう尋ねたときに閃くもの。 こだまのように反響する言葉を書き留めます。

それから、その定義に対しても「それは何か」と問いかける。 深めるよりは広げる感じ。 元のアイデアからズレていって構いません。 むしろ遠く離れていく。 これもまた散歩であり、言葉のネットワークをふらふら彷徨う方法だからです。

質問は「それは何か」だけでいいかどうかわかりません。 ただ、いろいろ質問を考えようとすると、 その「質問を考える」にエネルギーを奪われる印象がします。 質問に時間を取られるし、答えの方はあまり広がらない。 質問は「何か」に決め打ちしておくのがリズミカルです。 ここでもリズムが絡んでいるのでしょうね。

プネウマ

アニミズムというと「山にも川にも命が宿っている」という世界観です。 古来それらは「カミ」と呼ばれてきました。 日本人は擬人化が好きですからね。 なんでもキャラクターにしてしまう。 それもまた「他者」として歓待する方便。

とはいえ、命が宿ったらその命がずっと留まるものでもないでしょう。 呼吸をする。 新しい命が取り込まれ、古い命は外に出ていく。 そうした生命の循環を指して「生きている」と呼びます。 生き物は環境に対して開かれている。

この、生命体と環境の間で循環するもの。 アリストテレスはこれを「プネウマ」と呼びました。 今で言うと「酸素」とか「栄養素」とかになるかな。 交換される「何か」がある。 この交換が止まってしまうことが「死」となるわけです。

例えてみると生命体は、海の表面に揺れる「波」なわけです。 波が生まれたり消えたりしているように見える。 ぶつかいあって弾けたり、もっと大きな波になったりする。

でもそれは「そう見える」ということであって、 波を構成する海水は常に入れ替わっています。 ただエネルギーが伝播することで「そこに波がある」と見えている。 あるいは「波が消えた」と見えている。

それはそれで間違いじゃないけど、 海自体に注目すれば、何も増えていないし何も消えていない。 これがカントの「物自体」だろうし、仏教の「空」なのだろうなあ。 どの哲学も同じ「コト」を指している。

イデアに対しても「言霊がある」とかじゃなくて呼吸している。 環境と相互作用を起こすことで仮の存在として現象している。 そう見てみるわけです、「他者」として敬意を持ちながら。 コントロールできるものじゃないし、すべきものでもない。

そしてこの感覚はインターネットで身近になりました。 人はインターネット自体を見ることはできない。 見ているのは個々のサイトです。 生まれたり消えたりしていく。 このサイト以外のところにインターネットはありません。

でもサイトだけではインターネットになりません。 インターネットという基盤があることでサイトという波が生まれる。 そこに生命が宿る。 この感覚がこのネット時代のアニミズムなのだろうと思います。

まとめ

そしてアイデアもまたネットワークを構成し、 波のように「閃き」を生じさせる。 そのアイデアのリンクをたどる方法をAYSとして考えてみました。 アイデアのネットワークにアクセスする方法として使えそうかな。