戸谷先生、売れっ子なのか。
哲学入門
前回『アーレント』のとき 「アーレントはヤスパースだよなあ」 と書いたらヤスパース、来ました。 流れに乗ってますね。 麻雀に例えると「引きがいい」。
この『哲学入門』、戦後ドイツで放送されたラジオ番組。 ヤスパースさんがパーソナリティになって「哲学の世界」に招待します。 愚かにも僕が最初に読んだ哲学書がコレでした。 中学生のとき「入門」のタイトルに騙され買ったら、 バッシャンと閉ざされてしまったヘルモードな難解本です。 題名だけでトラウマがうずく。
読み直してみると、 有限性・他者・オブジェクト・主客未分といったテーマが並んでいて 愕然とします。 自分がライフワークとしてきたことが、 すでに『哲学入門』に書いてある。 一生背負う傷を負ったか。 子供心に揺さぶられたのだろうなあ。
そうか、ヤスパースが起点だったのか。
挫折始まり
なので「挫折が哲学の始まり」とあっても 「そりゃそうだ」と思ってしまう。
もちろんヤスパースの「挫折」は 「戦争に対して哲学は無力だった」です。 何もできなかった。 第二次大戦を防止できなかった。 場合によってはハイデガーのように加担してしまった。 じゃあ哲学はどうあるべきだったのだろうか。
典型的な「戦後の哲学」。 なぜ最近になって戦後期が読み直されるかと言えば、 今の日本が「戦前」だからです。 どうしてあんな、国民の大半が戦死するバカな戦争をしちゃったんだろう。 ずっと不思議でしたが、最近「なるほどなあ」と理解できました。
「今みたいな空気」に日本が覆われていたからですね。 というか、世界のあちこちでおかしくなってきている。 ロシアも変だしアメリカも変。 いつ何が起こってもおかしくない。 この雰囲気の中で生き残るために 「哲学」は何ができるか。
何もできないんだろうなあ。 ああ、悔しいなあ。
ノート学から見て
哲学の始まりには、 驚愕・懐疑・挫折の3つがある。
この3つの分類、好きですね。 これは「デイリーノートに何をメモするか」と重なります。 びっくりしたこと、変だなあと思ったこと、落ち込んだこと。 その3つを書けばデイリーノートになります。
というのは、 人が考えるのはこのいずれかを起点とするからです。 「え?なんで?」と思えばしっかり観察します。 「本当に?」と疑えば裏を取ろうとします。 「あかんかった」と思えば自分の限界を知ることができます。 いずれも祝福されていい。 それが「哲学すること」の始まりだからです。
反対に考えたらいいかな。 驚かない、疑わない、落ち込まない。 自分はなんでも知っている。 自分の信じていることは正しい。 自分に悪いところは一つもない。 こういうタイプのライフスタイル。 立ち止まって考えたりしない人たち。
ほら、トランプ大統領みたいな。 こういう人がいてもいいけど、いっぱいいると迷惑でしょう。 都合が悪いと他人のせいにする。 上に立たれると下が迷惑します。
じゃあ、どうすればいいかというと デイリーノートを書けばいいのです。 自分がトランプとならないための予防策。 驚愕・懐疑・挫折をメモする。 自分には限界がある。 知らないこともあるし、 思い込みで生きてるし、 チコちゃんにも叱られる。
有限性に自覚的であると 「考える」が起動します。 それは他者の有限性にも敬意を払うことです。 私もダメだし、あなたもダメ。 でもダメなものが助け合いながら 「世界」を少しずつ広げていく。 そうした地道なところを起点とする。
お互いに応援しながら、ね。
まとめ
デイリーノートは平和の始まり。 というのは、大袈裟か。
ヤスパース 『哲学入門』2月 (NHKテキスト)