Jazzと読書の日々

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四半世紀遅れてアポカリプスがやってきた

「地球に行きたい」とガンダムが言ったとしても、 タヌキとロボットが踊りながらお出迎えするイメージしか湧かない。 うじゃうじゃ。

今週のアポカリプスホテル

おいおい、ここで続くのかよ、という場面で終わりました。 まだ7話なのにクリフハンガー。 たぶん今までのイースターエッグを組み合わせて帰還するだろうけど、 プリティボイスの使いどころがわからないです。

それにしても毎回斜め上から攻めてくるというか何というか、 良質のSF映画を見終わったような、 喜怒哀楽では表せない、複雑な余韻に浸されます。

ムーとは何か

それにしても最近アニメで『ムー』を見かける回数が増えた気がする。 『ダンダダン』で見たと思ったら『アポカリプスホテル』にも出てくるのだものなあ。 これは今の視聴者層に伝わるのでしょうか。

『ムー』自体は今も存続していますが、 ネタになっているのは「ノストラダムス」ですね。 1999年7月、暗黒の大王が降りてきて、人類が滅亡する予言。 どうも四半世紀すぎて「あれはなんだったのか」と振り返る時期が来たようです。

なぜ予言は当たらなかったのか。 隠れたところで誰かが闘い、地球を救ってくれたのだろうか。 あるいは実現していて、今はもう滅亡の途中なのではないか。 「滅亡後」を生きる若者たちにそんな疑念があるのかもしれません。

誰かが戦っているのが『ラザロ』だとすると、 すでに滅んでいるのは『アポカリプスホテル』です。 『エヴァンゲリオン』に代表されるセカイ系が前者だとすると、 20世紀末はそちらが主流でした。

でも観念したんじゃないかなあ。 21世紀に入ると地球温暖化パンデミックが起こるようになった。 なのに世界は軍拡にうつつを抜かしている。 戦争なんてあってもなくても地球は滅びつつある。

少女終末旅行』が出てきたあたりかな。 アポカリプスが「当たり前」になってきた。 どうせ滅ぶなら、滅んだ後のことを考えよう。 人類がいなくても自然は残るし、 むしろそのほうが世界は美しいんじゃないか。

そんな、スキナー博士のようなことを考え出した。 なので『ラザロ』の結末も絶滅エンドじゃないかと予想してます。 と言っても、少しの人類は残るかな。 残った人類で「これから」をやっていく。 そのほうがまだ希望が残る。

今の話の流れだと、 全人類が助かっても「何も残らない」になりそうです。

aikoについて

オープニングについて菊地成孔が解説してますね。

「家畜化されていないブルーノート」という観点で、 この不協和音が曲として成立するのがすごい。 コード進行がボーカルに対してズレているのは確かで、 このズレが後半で解消して享楽を生み出すのでしょうね。

心地良いけれど不気味さは残る。 Unheimlichkeitは「故郷に対するアンビバレントな感情」 とフロイトが言っていたのを思い出します。 それがどんな意味かはわからないけど。 内臓の持つ音楽なのだろうか、これは。

楽しげに終末を踊るロボットたち。 人類も早く帰ってきて、踊りに加わればいいのに。

まとめ

そういえば「ムーは陰謀論に対するワクチンだった」という説があって、 若い頃オカルトに罹ると耐性ができるというか、 陰謀論とか笑い飛ばせるようになる。

社会がオカルトを排除した結果(オウムが大きかったかもしれない)、 陰謀論とかに大人になってからハマる人たちが出てきたのかもなあ。 「非合理なモノ」との距離の取り方がわからなくなってそうな。