Jazzと読書の日々

iPadを筆記具として使う方法を模索します

書く方法をメンテナンスする

原理原則からトップダウンに考える。

3つのメンテ

前回終わりに「同じメンテナンスでも 「考えたことをメンテする」と「考え方をメンテする」がある」と書いて、 少し時間を置いたらおかしなことに気づきました。

原則として「人間事象には what, why, how の3次元ある」の立場なので、 これを「書くこと」に適用すればもう一つ出てくるはず。 何を書くか、なぜ書くか、どう書くか。 それぞれをメンテに当てはめると 「書く内容」「書く目的」「書く方法」の3つが出てきます。 つまり前回「書く目的をメンテする」が抜け落ちていました。

なぜ書くのか

なぜ書くのか、なぜ考えるのか。 前に考えたこと、ありますね。 「手紙」です。 「今はここまで考えた。あとはよろしく頼むよ」。 それが僕のブログを書く目的です。

受け取ってくれるのは誰でもいい。 何を受け取ってもらっても構いません。 誤読してもいい。 受け取らない選択もある。 宛名のない手紙だからすべてお任せ。

で、前に書いたときはその読者から 「未来の自分」を省いていました。 ブログは「日記」ではないので「自分」を宛先にしない。 ある意味その通りだと思う。 「自分」を知らない人が読んでも通じる内容でないと 「チラシの裏」になってしまいます。

ただ、長く続けていると、 一番ブログを読んでいる読者は「自分」ではないだろうか。 たぶん、一つ残らず目を通している。 ブログに投稿しなかった記事まで知っています。 「読者界隈」で最強の存在でしょう。

未来の自分に向けて書く。 それも「書く目的」です。 そしてその「未来の自分」は他の人でもいい。 誰かのブログで引用してもらえるとうれしいし 「なるほど、そんな切り口があったか」と目が覚める。

「未来の自分」は「自分」だけではないのです。

書く方法とは何か

目的が定まれば方法も定まります。 「手紙」が目的なら 「手紙」になるように書く。

「ここまでできたよ。あとは頼んだ」の手紙なので 「何ができたか」と「何を頼むか」を織り込むことになります。 本当に自分はそうなるように書いているだろうか。 そうチェックしながら書く。 それが「書くこと」の方法論です。

「書く方法」には2つの側面があります。 「どんなツールを使うか」と「どんな形式を使うか」ですね。 質料と形相。 この2つが絡まり合っている。

ツールは「Obsidianで書いてます」が今の答え。 形式は「DESCを意識しながら」かな。 全然別のことを言っているようでいて、 根源的には一つのことなのでしょう。 だって、 Obsidianを使っているけど、 このブログに書くノウハウはヘンテコだもの。

関心があるのが「テキストを箱として扱う」だからかな。 Obsidianをその方向に魔改造する。 Obsidianでなくてもいい。 Textwellでもそうしてきた。 それに応えてくれるエディタをツールにしてきました。

形式もそうですね。 DESCもテトラも「箱」を作る装置です。 いまどの「箱」を取り出しているのか意識する。 テキストを「箱の集まり」と見る補助線です。

「何ができたか」は記述の段階だし 「何を頼むか」は行動の選択。 その2つを繋ぐものとして、 自分の感想を書いたり、具体的な提案を考えたりする。 意外と「記述→感想→提案→選択」の展開は崩れません。

でも最近、思いついたことをタラタラ書くことも増えました。 結論に行き着かないことも多い。 「手紙」ですからね。 「あとは頼んだ」の「あと」は読者任せでいいのかもしれない。 というか、そこまでコントロールするものではないし、 コントロールできるものでもない。 「書く自分」と「読む自分」の相乗効果。

そういうところは「あなた」にお任せします。

まとめ

1年前を読み返す方法。 「手紙」を受け取る目的とすれば悪くないかも。

ちょっと続けてみよう。