Jazzと読書の日々

iPadを筆記具として使う方法を模索します

書くことの快楽について

さすが大澤先生だ。

そうではなく……

生成AI時代の言語論 THINKING「O」

大澤真幸,今井むつみ,秋田喜美,松尾豊

論文集では小論の『生成AIが人間に近づいてきている?いやそうではなく……』が良かった。 刺さりました。 まさにそこが生成AIの問題点です。

まあ、よくある「生成AIによって、人間の自由な思考や判断、意思決定といったものが脅威に晒されるのじゃないか」という批判は重要じゃない。 そんなところは軽く蹴っ飛ばして、もっと恐ろしい出来事が起きると予言しています。

それは何か。 「言葉にする喜び」ですね。 「書くこと」に限定されず「話すこと」でもあるし「考えること」でもある。 何かというと「思いがけないことを思いついた」という驚きです。

自分が書いてしまったことを通じて初めて、自分が本来書きたかったことが何かを自覚する。こうした発見にこそ、書くことの快楽がある。

なんと呼べばいいのだろう、アルキメデスエウレカ体験か。

イデアが空から降りてくるというか、あらかじめ考えてなかったような言葉が筆先から出てから「まさにそれが言いたかった」となるやつ。 そう、そういう「快楽」。 大澤先生は中動態的言語体験と言う。 これが生成AI時代に消えてしまうんじゃないか。

なんで誰も読まないようなブログを延々と書いたりするかと言えば、この「えも言われぬ愉悦」があるからですね。 変なことを思いついて「うぇ?!」となる。 これが楽しい。 楽しいから切り取って、またあとで読み直して「うぇ!!」となりたい。

やばいヤクブツよりやばいのが「書くこと」です。 脳内に危ないホルモンが分泌されるのでしょう。 それでいて「うぇ!」となる言葉を引き当てる確率が低い。 なかなか当たらない。 ガチャを回し続ける状態になる。 どちらかというと苦行に近い。

この執筆依存症と呼ぶべき病理への治療法となるのが「生成AI」。 危ないホルモンなんか出さずに文章がスラスラ出てくる。 コピペすればレポートの出来あがり。 論文も量産できる。 マゾヒスティックな快楽に溺れることなく締め切りに間に合います。

まあ、そんな未来がおそろしい。

大丈夫じゃないか

いや、本当に書きたいものがあるとき、人は自分で書くことを手放さないんじゃないか。 そんな気もするんですが、先例があるからなあ。

パソコンがまだFM-7だった頃。 ユーザが何をしていたかというとプログラミングでした。 BASICを使って、とても単純な数当てゲームとか作っていた。 あれはゲームが面白かったんじゃなく、プログラミングすることが楽しかったんです。 脳内でドーパミンがバンバン出てて、数日徹夜になっても平気だった。

そういう影響もあって、今でも自分でスクリプトが組めるTextwellやObsidianを使ってるんでしょうね。 出来合いの機能を使うよりも、自作アクションで拡張したい。 文章を書くための小物を作るのに全身全霊を賭ける。 「手段を作ること」が目的になる。 本末転倒じゃないですよ、「手段を作ること」自体が本当の楽しさだから。

でも一般にはそうじゃない。 自作ツールに没頭して、いつの間にかそちらに時間を取られている人は少ない。 あ、いっぱいいる感じがしてきた。 そうしたブログを巡回してるせいか。 いや、そうだな。 そういう人たちは一般的ではない(と言い切っとく)。

プログラムを組めなくてもパソコンは使える。 そういう方向に世の中は動いてきました。 そしてそれが今度は「書くこと」について起こる。 そういうことです。

プログラミングが不要になって「パソコンを使う人」が増えました。 「パソコンを使うスキル」も不問になり、誰もが「スマホを使う人」になった。 これが「良いか悪いか」と尋ねられたら「良いこと」だと思います。 万人に門戸が開かれたのだから。

そしてその中で「AIに書いてもらうんじゃなく、自分で書いてみたい」という人も現れるでしょう。 書いてみると脳内に麻薬が広がり「もっと言葉を!」と依存状態になり、まあ、大丈夫じゃないかな。 依存症で撲滅に成功した事例はないし。

治療の対象とされる可能性はある。 「こちらのAIを処方しておきますね」と。

まとめ

まさか「良いこと」となると思ってませんでした。 意外な方向に連想が流れたなあ。

こういうのが「書くこと」の面白さだから、楽しそうに書いていれば騙される人も出てくるんじゃないかな? 皆さん、それで行きましょう。

メダリスト感想

第5話を観ました。

後半のヒカルの滑走のところ。 誰もが無言で見守る演出がすごかった。

右よーし、左よーし。

通常スポーツものって解説役がいて観客席で「今の技は第何回のオリンピックで誰それ選手が最初に披露した何とかで」みたいにウンチクを語り、その競技に詳しくない視聴者にも理解できる工夫が入るものだけど、って実際ミケ太郎の演技には「連続ジャンプのはずがダブルサルコウになってしまって云々」とコーチたちが解説してるのに、ヒカルのところはスケートだけなんですよ。

つまり「見れば格が違うの、わかるだろ?」とアニメ・スタッフが映像だけでわからせようとして、本当に「これはすごい」と感動する仕上がりになっていました。 ほんと、すごかった。