Jazzと読書の日々

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盗む鳥、死の犬の神話学

神話を持つこと。

盗む鳥、死の犬

南方熊楠の『十二支考』をコンパクトにした印象の本。 世界各地の神話に出てくる動物たちをテーマに、 彼らがどんな象徴を背負っているかを描いている。 インド専門の沖田先生なのでインド神話が多めです。

構造分析かなと思ったら、 印象だけで神話を並べていて 「似てる、似てる」のレベルですが、どの神話も面白い。 神話の読み物として良い切り口だと思いました。

神話は作り話ではありません。 当時の人たちにとって「事実」であり、 自分たちの生きる世界を明かすリアリティがあった。 出てくる動物にも知性があり悪意があり神性がある。 生きとし生けるものとして人間と対等な関係にあります。 あるいは恐れたり敬ったりする存在だった。

『マハーバーラタ』などインド神話を中心に、 それとケルトやゲルマンの神話を比較すると類似点が多い。 同じインド=ヨーロッパ語族なので祖型があるのでしょう。 インドの鳥王ガルダは神々から不死の水アムリタを盗み、 北欧のオーディンは鷲に変身し巨人の国から「詩人の蜂蜜酒」を盗んだ。

「詩」とは言霊を操る力のことで魔術ですね。 言語化することで「それまでなかったこと」を現実にする。 人間の魂は鳥の姿をしていて、 それが異界との間を往来することで「特別な力」を得ている。 そうしたイメージを神話は共有しています。

空を飛ぶ鳥たちを見ながら 「あれは誰かの魂だろうか」と考える。 そういうふうに世界が見えるとき、 世界は厚みを増し、豊かなところとして顕現するのだろうなあ。

花咲爺さん

犬のところで「花咲爺」を深掘りしていて、 これも面白かった。

日本各地の「花咲爺」を集めるとバリエーションがある。 お爺さんが飼っていた犬ですけど、 あの犬はカゴとかモモとかに入った状態で川を流れてくるんです。 どんぶらこ、どんぶらこ。 しかも他の言い伝えでは、 水界の神様を助けたお礼として犬をもらったことになっている。 火男伝説と同じ構造なわけです。

いじわる爺さんに殺された犬を埋めると木が生えそれで臼を作る話にも、 豆や麦などの五穀が生じたバリエーションがあります。 オオゲツヒメですね。 古事記でスサノオに殺された女神。 穀物神の神話を「花咲爺」は源流にしている。

最後の枯れ木に灰を撒くところも、 灰を畑に蒔くバリエーションがあります。 そこから作物が生え出してきてお爺さんは豊かに暮らしました。 そんな言い伝えもある。 このエンディングのほうが古い形ではないだろうか。 どうやら焼畑農業の始まりを語る神話があって、 それが伝承されるうちに「枯れ木に花が咲いた」に変形したらしい。

しかも「花咲爺」は人身御供でしょうね。 水神から授かった子どもを生贄とすることで 大地の生命力を活性化する。 女性の姿の土偶をバラバラにして畑に撒いた風習を思い浮かべます。 「毎年生贄を出すのはいかがなものか 」とクレームがついて、 土偶を身代わりにしたのかな。 「花咲爺」ではさらに「犬」に置き換わったわけです。

似たような昔話は中国にもあり、 殺された犬を灰にして撒くと畑が豊作に恵まれる。 沖田先生によると、この祖型は古代エジプトにまで遡れるらしい。 神話は世界を覆ってネットワークになっています。

まとめ

神話なき時代の神話がアニメやゲームなんだと思うけど、

サーヴァントで召喚しちゃダメだろ。 CV石田彰だと「裏切りそう」としか思えない。