Jazzと読書の日々

iPadを筆記具として使う方法を模索します

エディタの哲学

柄谷行人を読み直してますが、やっぱり面白い。 この人は日本を代表するペテン師だと思う。 いい意味でね。 言葉を意識しながら操ることで、読者にそれまでない光景を見せることができる。 誰にも真似できることではない。

マルクスその可能性の中心

この本のすごいところは、本論では「マルクスは稀有な読み手であった」という話なのに、文庫本のあとがきでは「従来の哲学は読み手の立場だったが、マルクスは書き手から現象を考えた」にすり変わっているところです。

本人はすり替えたとは明言していないけど、全然反対のことを書いている。 発表してから時間が経ち、柄谷自身のマルクス観が変わった。 そう捉えてもいいけど、そうでもなさそうですね。 初めから「マルクスは書き手である」という切り口を持っていたけど、本論を書いていたときには意識できていなかった。 でも、その切り口がなければ、この論文にはならなかっただろう。 そういうことかもしれません。

売り手の哲学

読み手の哲学とは「価値を読み取る」ということです。 この本にはどんな価値があるのか。 筆者は何を意図していたか。 時代的にそれにどんな意味があるか。 価値や意図、意味といったものが既にあることを前提にしている。 宝物が埋まっていることを前提に宝探しをするようなものです。 それが従来の哲学者の態度だった。

マルクスの新しさは「価値の存在」を疑うところにあります。 使用価値や交換価値、そうしたものは存在しない。 貨幣が流通する中で人々が共有する幻想に過ぎない。 資本主義のみならず、共産主義もこの幻想を疑っていない。 だから「五カ年計画」みたいな経済統制を信じている。 一人マルクスだけがこの奇妙さに気がついた。

それは「価値」を売り手側から考えたからだろう。 売り手から見ると、商品にどんな価値があるかは市場に出さないとわかりません。 どれだけ開発費用がかかろうと、構想30年の超大作であっても、それは価値にならない。 的をハズしたコメントとともに「星一つです」と書かれてしまう。 それが書き手の宿命です。

言葉の場合も同じです。 どんな「意味」があるかは聞き手の解釈によって生じる。 「ワンワン」というオノマトペでもそう。 赤ん坊は白いモフモフに「ワンワン」と言ったのかもしれない。 「ワンワン」ではなく「バンバン」だったかもしれない。 それがどう伝わるかは聞き手の了解に掛かっている。

賭けがある。 「そうね、ワンワンね」の応答がコミュニケーションを成立させます。 聞き手が「意味がある」と判断するまで、それは言葉と見なされない。 読み手=買い手が誤解することで「意味」が発動し、一度発動するとそれがない状態がどうであったか想像もつかなくなる。 言葉が世界を覆い隠してしまう。

それが『資本論』の要旨です。

エディタ論

それで、エディタも書き手側から考えると面白いんじゃないかと思いました。

エディタという身近なツールについて、哲学はありうる。 書くことが時代とともに変質してきたとしたら、まず事実関係を整理することです。 それも文献を読んで「聞き手=読み手」として記述するのではなく、「書く当事者=売り手」の立場から考察してみる。 精神科医の書く症例報告ではなく、べてるの家のように当事者が自らの症状を研究する。 そうした哲学の可能性はないだろうか。

エディタが今のようになるには紆余曲折があり、多数の人たちから支持されたものが取り込まれたり、あるいは冗長なものが切り捨てられたりしながら進化してきたでしょう。 そして、多くの偶然が絡んでいる。 こうなってからは、こうではない状態をイメージできないけれど、でも必然性はない。 Vimの操作とかそうですよね。 あれは昔のキーボードにカーソルキーがなかったから、ctrl + h とかになっている。

エディタの作法に指が慣れてくると、それとは違うエディタに違和感を覚える。 それが考察のチャンスかもしれません。 それぞれのエディタが「書くこと」をどう考えているか、そこに秘密が潜んでいる。 もしそう考えるなら「読み手の哲学」です。 それも面白いけど、そこを通り越したい。

書き手の立場に立つとすれば、うーん、どうするのだろう。 たぶん、違和感を違和感のまま記述することですね。 非難するのではなく、体験を言葉に置き換える。 違和感はアンテナを鋭くします。 そのことで「書くこと」に立ち止まり、ゆっくりと見回してみる。 「書くこと」を深める契機として活用することかな。

もちろん「意味」はない。 エディタは意味のなさに耐えるツールなのですから。

まとめ

中村正三郎山根一眞がパソコン雑誌に書いていたような考察が、最近の雑誌では見ない。 重要と思うけどね。 自分で書けたらいいけど、ほら、ペテン師じゃないし。

Bad Apple

これ、すごいね。