Jazzと読書の日々

iPadを筆記具として使う方法を模索します

フォーカシング・ノートを書いてみる

TAE

初めは「TAE」の記事を書こうかと思ったのですが、やめました。

TAE、Thinking at the Edge とは「際々で考えること」。 「言葉にならない思い」をどう文章に落とすかという技法です。 こうした記事を書くときでも結構意識しています。

三つのキーワードをキャンバスに並べる図を使ってるけど、これって形だけ真似ても何も起こらないですよね。 その前提になっている「フォーカシング」を捉えておかないと始まらない。 TAEのそこかしこに「フォーカシング」が隠れています。

そこでまず「フォーカシング」を分析してみます。

フォーカシング

フォーカシングとは「モヤモヤしたものと向き合うための技法」です。 「モヤモヤ」に留まることができると精神症状の改善が見られるという研究に基づいています。

まあ、プレッシャーを受けると人は焦ってしまいますから。 簡単な結論に飛びついてしまう。 でもそれは「身体の声」を無視する行為です。 自分の中でパワハラをしている。 弱いものを切り捨て御免。 パワハラで喫緊の状態が改善することはありません。

それで日頃から「身体の声」に傾聴する習慣を作っておくのが「フォーカシング」です。 瞑想に似ているし、マインドフルネスにも繋がる。 セラピーのコアな部分。

これをデイリーノートに組み込もうという作戦です。

フォーカシング・プロセス

フォーカシングを単純化すると上のようなキャンバスになります。

フェルトセンスとは「身体で感じるモヤモヤ」のこと。 言葉になりそうでならない感覚を指します。 これをじっくり味わってみる。

ハンドルは「仮につけた名前」のことです。 「胸のモヤモヤ」でもいいし「頭の中に広がる霧」でもいい。 とりあえず、出てきたモヤモヤに名前をつけます。

ナラティブ・セラピーの「外在化」ですね。 無視するのではなく存在を認める。 でも同一化するのではなく、少し距離を置く。 そのための作業が「ハンドル」です。

共鳴(レゾナンス)は「ハンドルとフェルトセンスを照らし合わせてみること」。 このハンドルでぴったり来るかどうか。 それを身体に尋ねてみます。 響かせる。

すると自然とハンドルが変化します。 「放課後の教室で居残りさせられている感じ」とか「泥沼に足を取られたような感じ」のように、メタファーっぽくなります。 それを何度も共鳴させながらハンドルを訂正していく。

フェルトシフトは「フェルトセンスの変化」です。 ぴったりした言葉が見つかると身体が「伝わった」という反応を返します。 「寂しさ」がストンと腹に落ちる。 肩から力が抜けて「ああ、そうか」と脱力する。 その瞬間を「フェルトシフト」と呼びます。

身体が感謝してくれる。 「聞いてくれてありがとう」と。 いえいえ、こちらこそ。 教えてくれてありがとう。 これで一段落。

クリアリング

フォーカシングには準備段階があります。 まずスペースを作る。

これはタスクリストを書く作業に似ています。 アウトライナーに今の心配事を書くといいでしょう。 「これもしなきゃ、あれもしなきゃ」をリストアップします。

タスクリストとの違いは、このリストを棚上げにすることです。 タスクに取り掛かるのではない。 心の中に「空間」を作ることが目的です。 スペースをクリアにする。

タスクは全部片付いたことにします。 何もかもうまくいったとして、そこに湧いてくるモヤモヤ。 それが今回の「フェルトセンス」になります。

つまり、心配事の影に本当の悩み事が隠れている。 心配事は声のデカい一部の社員で、その後ろに黙々と働く縁の下さんたちがいる。 「私」を経営する社長=意識としては、そうした声にも耳を傾けたい。 現場を知っているのは彼らですから。

これが「フォーカシング」です。

まとめ

DESCで言えばEの部分がフォーカシング。

寝る前に少し時間を取って、デイリーノートで一日を振り返る。 そのときフォーカシングが参考になるんじゃないかな。 心をスッキリさせてから寝るのが至福。