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『ぼけと利他』

今年読んだ本で印象に残ったもの。

『ぼけと利他』

Amazon.co.jp: ぼけと利他 eBook : 伊藤亜紗, 村瀨孝生: 本
伊藤亜紗 他1名
ぼけは、病気ではない。自分と社会を開くトリガーだ――ここを出発点に始まった、美学者と「宅老所よりあい」代表の往復書簡。その到着点は…?二人の「タマシイのマジ」が響き合った、圧巻の36通。著者について伊藤亜紗(いとう・あさ)東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長、リベラルアーツ研究教育院教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。専門は美学、現代アート東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。主な著作に『ヴァレリー 芸術と身体の哲学』『目の見えない人は世界をどう見ているのか』『どもる体』『記憶する体』『手の倫理』など多数。村瀨孝生(むらせ・たかお)1964年、福岡県飯塚市出身。東北福祉大学を卒業後、特別養護老人ホーム生活指導員として勤務。1996年から「第2宅老所よりあい」所長を務める。現在、「宅老所よりあい」代表。著書に『ぼけてもいいよ』『看取りケアの作法』『おばあちゃんが、ぼけた。』『シンクロと自由』など多数。

今年は伊藤亜紗の作品をよく読んだ。ヴァレリーの研究を基礎に置く美学者なんだけど、古いタイプの哲学者だと思う。全盲の人たちや肢体欠損の人たちに混じってフィールドワークをする。最先端のテクノロジーを調査して身体の可能性を広げていく。「哲学者についての研究」が哲学なのではない。「哲学者が取り組む研究」が哲学であり、それは本来伊藤亜紗が実践しているようなものだろう。

彼女の作品で、一際印象に残ったのがこの『ぼけと利他』である。福岡にある宅老所「よりあい」の介護士(?)村瀨孝生との往復書簡。メールでのやりとりですね。村獺さんの「獺」の字が「カワウソ」の「獺」なのが漢字変換で出しにくい。「村瀬」じゃないのか。騙されてたぞ。

宅老所「よりあい」

ここ、変なところなんです。「託老所」ではありません。「わしはあんたらに何も託しとらんぞ」と叱られたので「宅老所」です。ゴミ屋敷のおばあさんに「ただ家で死にたいだけじゃ」と言われたので、近所のお寺で一緒に過ごすようになりました。それが「よりあい」の始まりです。

歳を取れば誰もがぼけます。そのぼけ方が人によって違うだけ。それを「認知症」という病名をつけ、生活から切り離し、人の目が届かない施設に隔離する。それはちょっと不自然じゃないでしょうか。今は介護している自分たちも、いつかは介護される側に回る。この当たり前が自然となるにはどうなるといいか。

「よりあい」の試みは新しい。理想的か、と言われたら、さあ、どうでしょう。結局「自分たちは介護している」という想いを捨てるところから始まっています。お年寄りのそばにいて巻き込まれる。巻き込まれてしまう。どうしようもない状況の渦中で「どうしようもないなあ」と思いながら、足掻いてみたり、流されてみたりで、とても不思議な「ぼけ」の空間が生まれてくる。介護される側も介護する側も「ぼけー」となっていく。いわゆる中動態空間。この空間が温かい。

そこにある絶妙な匙加減。言葉にしにくい処を伊藤亜紗は村獺さんから引き出していく。これが上手い。理論を持ち出さない。ただ、関係ありそうでなさそうなことを伊藤さんが自由連想する。こんな風景が想い浮かびました、みたいに。すると村獺さんも、そういえばこんなことがありました、と応える。やりとりの中から「よりあい」の姿が目前に浮かび上がってくる。

読み終わった本をもう一度読むことは少ないのですが、この本は二度読みました。どこにも「利他とは何か」みたいな明文化はされてないけれど、全体が「利他」なのです。ケアすることはケアされることである。その本質が底流を流れています。

へろへろ

へろへろ (ちくま文庫)
鹿子 裕文
最期まで自分らしく生きる。そんな場がないのなら、自分たちで作ろう。知恵と笑顔で困難を乗り越え、新しい介護施設を作った人々の話。解説 田尻久子内容(「BOOK」データベースより)福岡の街中に、毅然としてぼけた、ばあさまがいた。一人のお年寄りが、最期まで自分らしく生きるために、介護施設「よりあい」が始まる。「自分たちで自分たちの場ちゅうやつを作ったらよかっちゃろうもん!」熱くて型破り、超個性的な人々が、前代未聞の特別養護老人ホームの開設を目指し、あらゆる困難を、笑いと知恵と勇気で乗り越えていく実録痛快エッセイ。著者について1965年福岡県生まれ。編集者。ロック雑誌『オンステージ』、『宝島』で編集者として勤務した後、帰郷。タウン情報誌の編集部を経て、1998年からフリーの編集者として活動中。杉作J太郎が率いる「男の墓場プロダクション」のメンバー。人生でもっとも影響を受けた人物は早川義夫。著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)鹿子/裕文1965年福岡県生まれ。編集者。ロック雑誌『オンステージ』、『宝島』で編集者として勤務した後、帰郷。タウン情報誌の編集部を経て、1998年からフリーの編集者として活動中。杉作J太郎が率いる「男の墓場プロダクション」のメンバー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

「よりあい」成立の経緯が書かれています。お金は大事です。谷川俊太郎がこの活動に巻き込まれてしまうところが笑った。人に恵まれている。ロックである。