Jazzと読書の日々

iPadを筆記具として使う方法を模索します

ObsidianからScrivenerに転送する

小さなガジェットからコツコツと。

Scrivener

Scrivener 1.2.4
分類: 仕事効率化,ブック
価格: ¥3,500 (Literature & Latte)

WordやPDFに変換するときはScrivenerを間に挟みます。 章立てのある文章を書くときにも欠かせません。 これはテキストのDTMみたいなもの。

ちょっとお高いですけどね。

一般転送魔法

下書きを一括して読み込むならScrivenerだけで完結します。

プロジェクトを作り、左下にある入力ボタンをタップ。 メニューから「Browse...」を選んで、Obsidianのフォルダから目的のファイルを選択します。 複数ファイルに対応。

これでラクチン。

Markdown対応

ショートカット 6.1.2
分類: 仕事効率化,ユーティリティ
価格: 無料 (Apple)

ただ上記の方法だとMarkdownが反映しない。 それでショートカットを挟みます。

Import Shortcut RecipeScrivener

Obsdian側は Shortcut Launcher プラグインを使います。 「Entire Document」にして全文を転送する。 するとショートカットがリッチテキストに変換しScrvenerに手渡す。

Scrivenerにテキストが取り込まれてめでたしめでたし。

画像サイズは反映しないけど。

Textwellから

Textwell 2.3.3
分類: 仕事効率化,ユーティリティ
価格: ¥400 (Sociomedia)

Textwellはアクションでショートカットを呼び出します。

Import Textwell ActionScrivener

これでどんどんテキストを送り込める。

まとめ

ScrivenerがMarkdown対応になれば無敵なのに。

「ハンス・ヨナスの哲学」は難しかった

前半は「生命の哲学」が中心で、後半から中期の「責任という原理」に重心が移ります。 人間生命の本質が「像を作ること」なのが面白かったんだけど、そのまま繋がってるわけじゃないですね。

未来への責任

「未来への責任」は、今の人たちの対話では実現できない。 未来人と対話するすべはないから「何をすべきか」の結論が導き出せない。 そうした問題点があります。

ここから2つの課題が出てくると思うんですけど、それが難しい。

一つは、どうすれば無責任にならずに済むか。 もう一つは、どうすることが責任を果たすことになるのか。 この2つが錯綜して、結論から言うと、ヨナスは成功していません。 あまり説得力のある理論を作れなかったように感じます。

初めに出してくるのは「泣いている赤ん坊」のイメージです。 「責任 responsibility」は「rsponse + ability」という合体語。 これは倫理学でよく使われるネタで、ヨナスもここから始めている。 レスポンスできること、つまり「助けて」という声がしたら「どうしましたか」と応えるのが「責任」の基本形です。 「誰がやったの?」ではなく「誰がするの?」です。 犯人探しではない。 これは原罪の文化圏だからでしょうか。

目の前で泣いている赤ん坊がいる。 それを無視して通り過ぎることはできない。 「なにかしなきゃ」という焦燥感に襲われる。 まるで孟子の「惻隠の情」のような話です。

今ならSDGsのイメージかな。 これを批判している。 チェックリストを並べ「このルールを守りましょう」という方式。 カントが提案した実践理性のことです。 「これではダメだ」とヨナスは否定する。 それは「考える自由」の放棄だからです。 それに想定外のことが起きたとき柔軟に対処できない。 「未来はわからない」という前提なので「あらかじめルールを作る」は却下されます。 ルールではなく「情」で動く。

すると、そのときそのときで各自が考えて行動する自由を確保すること。 その「考える自由」が未来においても維持されるような仕組みを作る。 それが現代の「私たち」にできることになります。 未来のために何をすべきかはわからないけれど、少なくとも「考える自由」を守る必要はある。 そんな感じでしょうか。

アウシュビッツ以降の神

でも「考える自由」は重荷です。 自分から「責任」を背負い込むことを避けたいのも人の常。 耳と目を閉じ、口をつぐんで、システムの歯車になる。 国会答弁でよく見かける光景。 それはアウシュビッツで真面目に業務をこなしていたアイヒマンにも重なる。

そこをどう考えるか。

晩年のヨナスは「神への責任」を持ち出してきます。 「哲学は無神論でなければならない」と考えていた彼が、死を意識する年齢になってから「神」と和解する。 この決断は苦渋に満ちたものだったようです。

無神論」というのは「どんな信仰の人でも等しく参加できる哲学を」というニュアンスなんだけど、それとは別に、アウシュビッツで肉親を殺されたヨナスの絶望からも来ています。 あの虐殺を許す世界に神などいない。 そんな、深い絶望です。

ヨナスの「神」は無力です。 「責任という原理」に出てきた「泣いている赤ん坊」のイメージが今度は「無力な神」に変容します。 これもアリストテレスの「不動の動者」の翻案ですね。 神は宇宙に動きを与えることで力を使い果たしてしまった。 あとは、そこに生まれる「生命」に願いを託し、ただ見守るだけである。 それも涙を流しながら。 「生命」の愚かな振る舞いに傷つきながら、ただ見るだけの存在になっている。

ここでキーワードになるのが「行動の不死性」。 仏教のカルマに似ていますね。 たとえ個人が亡くなり、人々の記憶から消えたとしても、その人が選択した行動の影響は宇宙に残る。 行動自体はなかったことにできない。 ささやかな善であれ悪であれ、その人の生きた証として痕跡が残る。 その痕跡の積み重ねが宇宙を作っていく。

この「宗教」はヨナス個人のもので他の人に強要しません。 だから、これも無力です。 でも人間生命を「像を作る能力」と見ることは、その「像」の究極に「神」があると言うことでしょう。 人間は「神の似姿」であると同時に「神を創造するもの」でもある。

「神を考えること」は、システムの外部に視点を置き直し「未来を考えること」でもあります。 それは今のところ、人間にしかできないこと。

まとめ

どの文化にも「神」が存在するのは、宗教が「未来」の下支えをしてきたからではないでしょうか。 次の世代にバトンをつなぐことを「この世代の責任」としてきた。

いま「神」の名のもとで様々な虐殺が行われています。 ウクライナでもガザでも。 その「神」は「資本主義」や「民主主義」の場合もある。 学校でも職場でも。 それぞれが「未来のために」と言いながら、他者の「自由」を奪う行動を刻みつけています。

何かが足りない。 ヨナスはその迷宮をぐるぐる巡りながら、でもスッキリした解決策にはたどり着けませんでした。 もしかしたら解決策などないのかもしれません。 だとしたら、これは悲しいことだなあ。 おおブッダよ、あなたは寝ているのですか。

Obsidian Room にブックマークも並べました

総合案内版になりつつある。

Room

よく見るページはブックマークしてますが、そのページに行くまでに左サイドパネルをファイルエクスプローラやThinoからブックマークに切り替え、それから開きたいブックマークを選んで、って手数が多い。

いつもRoomを開くんだから、そこを起点にすればいいじゃないか。

Room.md

だんだん大きくなっていく。

Import Obsidian: Room

```dataviewjs
const FOLDER = "keyword/"

const s = "background:ivory;width:119px;height:112px;border:1px solid #eee;border-top:8px solid gold;text-decoration:none;padding:3px;border-radius:3px;margin:3px;overflow:hidden;float:left;"
const ss = "border-top:8px solid orange;"

dv.paragraph(">[!info]- Room\n>~~~dataview\n>task where !completed group by file.link\n>~~~\n")
const p = dv.el("input")
p.placeholder = "..."
p.style = "font-size:large;background:whitesmoke;border-radius:3px;"
const btn = dv.el("button","▶︎")
btn.style = "font-size:small;margin:5px;width:40px;"
const h = dv.el("hr", "")
h.style = "border:1px solid whitesmoke;margin:10px;"
const b = dv.el("div", "")
b.style = "font-size:small;font-weight:bold;height:4000px;"
disp()

p.onkeyup = () => disp()

btn.onclick = () => {
  q = encodeURI(p.value)
  if(q){
    open(`obsidian://new?file=${encodeURI(FOLDER)}${q}&content=%0A~~~query%0A${q}%0A~~~%0A`)
  }else{
    open("obsidian://new")
  }
}

function disp(){
  r = new RegExp(`(${p.value})`, "i")
  const c = dv.pages('').file
    .filter(x => r.test(x.name))
    .filter(x => x.starred)
    .sort(x => x.mtime, "desc")
    .map(x => `<a class=internal-link style='${s}${ss}' href='${x.name}'>${x.name}</a>`)
  const d = dv.array(Object.entries(dv.app.metadataCache.fileCache))
    .filter(([x,y]) => r.test(x))
    .sort(([x,y]) => y.mtime, "desc")
    .limit(210)
    .map(([x,y]) => `<a class=internal-link style='${s}' href='${x}'>${x.split("/").pop().replace(".md","")}</a>`)
  b.innerHTML = c.join("\n") + d.join("\n")
}
```

キャッシュではブックマークの有無が拾えないので、二重の検索になっています。 見た目はあまり変わらない。

変数ssでスタイルを指定するとブックマークのカード配色をカスタマイズできます。

使い方

ブックマークしたページが初めの方にきます。 そのあとに修正順のファイル履歴が並びます。 カードをタップするとそのノートを開きます。 Roomをピン留めしておけば別窓で開きます。 履歴にブックマークも表示されますが、この回避法が分からず。

検索欄にキーワードを書いて絞り込み。 右横の「▶︎」で新規ファイル作成。 キーワードがあるときは、変数FOLDERのフォルダにクエリー・ファイルを作ります。

上段の「Room」に未完了タスクのリストが表示されます。

まとめ

これで蔵書データベースにもアクセスしやすい。

「ハンス・ヨナスの哲学」を読みながら

「スマートな悪」が面白かったので戸谷先生の本を続けて読みます。

ハンス・ヨナスの哲学

この本も面白いですね。

ハンス・ヨナスはハイデガーの弟子でアーレントのズッ友。 ユダヤ系のシオニストパレスチナへの移住も考えたけど、結局イスラエルの方針とそりが合わずカナダに亡命した人です。 現代的なテーマが詰まっているのになぜか日本での知名度が低い。

ポイントはグノーシス主義研究。 キリスト教初期からある邪教ですね。 プラトンの「ティマイオス」に準拠し、旧約聖書の神を「イデア界を模倣しようとした、劣った創造神」と見なし、キリストを「イデア界から来た救世主」と考える思想です。

これが歴史の暗部で脈々と受け継がれ、ニュートンとかもその信者だった。 西洋科学の基礎にあります。 だって「摩擦のない世界では等速運動する」というのは、イデア界の言い換えでしかありませんから。 現実世界はいろいろな「摩擦」で苦労するのよ。

日本人はグノーシスに無知なので、ヨナスが何を言っているのかわからない。 「科学」を宗教の一つと見なせないので、それを相対化する視点がない。 日本の宗教は「カーゴ信仰」というか「舶来ものは偉い」でしかないので相対化が苦手です。

この本でもグノーシスについての深掘りは避けています。 そこを掘ると読者がついていけなくなるから、という戸谷先生の優しさでしょう。 でも、どの論にも基調にグノーシスへの批判的眼差しがありそう。

アリストテレス

アリストテレスですね。 グノーシスを相対化するのに必要なのは。

まず生命論で「質料と形相」を復権します。 今の生物学は「どういう物質でできているか」という質料の話になっています。 ゲノムを考えるにしても塩基の配列で説明する。 それはどれだけ研究を積み重ねても「生きているとは何か」に行き着きません。

というのも「物質で考えること」は「生きているものを死んでいるものに還元すること」だからです。 塩基は生命体ではないのだから、そこを調べたところで「生命」は取り出せない。 今の科学は「死んでいるもの」しか扱えない。

「生命を考える」とは「生きている」という現場を捉えることです。 「現存在」としての生命。 こちらを「形相 Form」として考察する。 内界と外界に分かれ、その間で代謝が行われている。 代謝によって自己を維持しようとしている。 その機能的な側面。

無生物に「代謝」はありません。 銅でできた空き缶は空気中の酸素で錆びることはあっても、それは「代謝」ではない。 そこに「生きようとする意志」がないからです。

生命には意志がある。 目的がある。 それが「生命」の特徴です。

さらにヨナスが「植物生命・動物生命・人間生命」と分けるのも、アリストテレスの「魂論」の焼き直し。 「魂 psyche」をギリシア語の古い意味「生命」として読み直します。

生命活動は代謝の活動であり、動物はその代謝のために「移動」という要素が付け加わる。 根から栄養を吸収する方法を放棄する代わりに、動物は自らが移動して餌を取る方法を採用します。 これは「移動できなくなると餌が取れない」というリスクを伴う。 これが動物生命の特徴となります。

ホモ・ピクトス

では人間生命の特徴は何でしょうか。

ここからのヨナスが面白い。 「もし他の星にロケットを飛ばし、その惑星を探索するとして、どういう痕跡があれば『宇宙人がいる』と判定できるか」。 つまり、代謝活動の痕跡があれば「宇宙動物」がいると判断しますが、それだけでは「宇宙人」とは呼べません。 プラスアルファがある。 それは何か。

ヨナスの答えは「何かが描かれていたとき」です。

洞窟の壁に牛とかの絵が描かれていたら「この星には宇宙人がいたのだ」となる。 三角形や四角形でもいい。 彫刻でも構わない。 何かと言えば「像を作る能力=ピクトス」です。 これが「人」と判断する目安になっている。

「像」とは何かを何かで表象することです。 「言葉」の機能ですよね。 でもポイントはそこではありません。 ヨナスは「無駄なことができること」と読み取っています。 有用性を棚上げできる。 そんな能力が「人間らしさ」にあります。

もちろん、描いた本人は「牛がたくさん狩れますように」と願いをかけていたかもしれません。 でもそれは直接有用なわけではない。 動物ならそんな無駄はしません。 ダンスを踊るにしても小石を集めるにしても、餌の位置を示す役割や素敵な配偶者を見つける直接的な手段です。 役に立つ。 動物は有用性に縛られています。

人間は「役に立たないこと」ができる。 「スマートな悪」にあった「ガジェット性」のこと。 あれは、このヨナスに刺激されて出てきてたのかな。 すると「スマートな社会」とは「人を動物として扱う社会」。 金の卵を生む養鶏場のイメージ。 そりゃあ、少子化が問題になるのは必然だわ。 産めよ、増やせよ、地に満ちよ、と。

でもヨナスの論点はそこではないです。 「像=ピクトス」に焦点を当てるのは「対話=ロゴス」を避けるため。 対話に重きを置かない。 これは哲学として珍しい。 なんでそんなことを言い出すのか。

それは「未来への責任」を俎上に上げるためです。 地球温暖化原子力、遺伝子操作の問題など。 それらを考えるとき、今いる人たちで対話しても「答え」は出ません。 どんなに善良で賢い人たちで対話したとしても「解決」には繋がらない。

なぜかといえば、それらの影響が出るのが「未来」だからです。 どんな影響が出るかわからないし、わかったときに困るのは「私たち」ではない。 たぶん、いろいろなことが複合的に交互作用を起こすだろうから、今それをシミュレーションもできない。

未来の人たちが「ほんとになんてことしてくれたんだ」と困る。 場合によっては生命の危機に瀕する。 でも、そうした「未来の他者」と対話するすべはありません。 対話のないまま、でも「責任」はある。 それが現代の置かれた状況です。

この「摩擦」を無視してスマートな決定をしてはいけない。

後半戦

これから「では責任とは何か」に突入します。

「ピクトス」がキーワードだろうけど、何か魔法陣を描いて「未来人」を召喚するのだろうか。 いやいや、召喚できたとしても禁則事項ばかりで対話にならないか。

フリーレンの人気投票

ただいま結果発表中。

人気投票

デンケン推しなんですけど。

途中経過

受付けのお姉さんに負けてしまいました。

ちなみに第10位は「ミミック」。 組織票か。 組織票に負けたんか。

終結

オリコンによると、第一位はヒンメルでした。 強い。 前回もヒンメルだった模様。

迷宮攻略のとき「複製体に心はあるか」という問いが出されるけど、フリーレンの場合は「心の中に今でもヒンメルが生きている」がその答えだからなあ。 誰かが今もそこに生きている。 「人の心とは何か」にこれほど確かな「答え」はないです。

Textwell ReviewもiOS17用にしました

薬屋も良かったなあ。 年を取ると涙脆くなる。

Review

プレビューとWeb検索を兼ねるアクション。 Textwellで書くときはほとんどこれ。 ちょっとずつ修正していたのでアップデートします。

Import Textwell ActionReview

Markdownプレビュー

空行で実行するとプレビューです。 Markdownとmermaidコードブロックに対応。

内蔵ブラウザを閉じると「HTML変換/ブログ転送/OpenIn」を選択できます。 「ブログ転送」はソース内の変数BLOGで定義されています。 デフォルトは「はてなブログ」アプリへの転送になっています。

Web検索

カーソル行を検索対象にします。 変数SEARCHで指定。 デフォルトはGoogleです。

内蔵ブラウザを閉じると「リンク/埋め込み/Safariへの移動」の選択。 「埋め込み」はブログカードがデフォルトで、サイトに応じて画像や動画の埋め込みになります。

薬屋は2期決定。

mermaid対応

地味に便利なのがmermaid。

```mermaid
graph
a --> b
```

と書くとグラフを描きます。 テキストでフローチャートを作れるので重宝します。

クラスが mermaid のブロックを対象とするのですが、借りているMarkdownパーサーが language-mermaid を返すので苦労しました。

すり合わせには下記コードを使います。

mermaid.init({} , ".language-mermaid")

これで language-mermaid も変換対象になる。 便利です。

まとめ

Textwell 2.3.3
分類: 仕事効率化,ユーティリティ
価格: ¥400 (Sociomedia)

Textwell自体がガジェットだなあ。 ほんと、柔軟。

追記

尊富士、優勝できて良かったなあ。 昨日車椅子で退場したときはひやひやしました。

「スマートな悪」の読後感想文

水の上に馬に乗っている男のグレースケール写真の写真 – Unsplashの無料グレー写真

フリーレンの最終回、良かった。 デンケンが沁みます。 2期、早よ。

スマートな悪

スマートな社会。 それ自体は良くも悪くもないんだけど、そこに「スマートな悪」が含まれている。 それに警鐘を鳴らし、抵抗するすべを模索しているんだけど、オウム真理教の話が出たりイリイチのコンヴィヴィアリティが出たりしているうちに「ガジェット」という概念に行き着き「これだ!」と飛びついて「ガジェット礼賛」になっていく。

これは戸谷先生も初めから結論があったんじゃなく、書きながら「なんかいいものないかな」とフラフラして、棚からぼたもちで「ガジェット」に遭遇したようですね。 「ガジェット」。 なんと面白い概念を見つけたことだろう。

「ガジェット」の語源は「名前のわからないもの」です。 漁師さんが手許の道具を駆使して漁をするけど、改めて尋ねられるとその道具の名前を知らない。 そういうのをひっくるめて「ガジェット」と呼んだのが始まりだそうです。

どうも「諸説あります」の由来不明な用語らしい。 フランス語の「釣り針」が近そうだけど、漁師さんらはフランス語を知らないから「これもガジェット、あれもガジェット」で済ませている。 この「ガジェット」。

それがパソコンオタクのスラングになって「何に使うかわからない小物類」を指すようになる。 そうか、これが「スマート」に打ち勝つ武器だったのか。 たしかにムダの塊だものなあ、ガジェットは。 「役に立つ」とは別のところで増殖していく。 ガジェットそのものは「ガジェットを使う」が目的なので自足してるんですよ。 遊びの最たるもの。

ガジェット

この「ガジェット」を「システムにありながら、個人がカスタマイズし、システムの想定していない可能性を開くもの」と定義し直す。 定義を拡張するわけです。

すると、ほかでもない、このブログでやってることでした。 なんだ、すでに「スマート化する社会」と戦っていたのか。 自分がやってることを言語化してもらえてうれしい。 ブラウザにブックマークレットをつける、エディタにマクロを組み込む、データベースの新しい切り取り方を考える。 いずれも「ガジェット」なのです。

カスタマイズして、デフォルトではできなかった使い方を生み出す。 一つ一つは「名」もないし、言ってみれば「ムダの塊」なのだけど、まあ、楽しいですね。 これまでとは違った地平が広がる。 それが「ガジェット」ということです。

「スマート」について「機械化は最適化されると一元的になる」は「なるほど」と思いました。 自動車は便利な乗り物だけど、その自動車が普及すると道路がそれに合わせてアスファルトで舗装される。 より便利で快適になるように環境が変わっていきます。

道路が整備されると流通が変わり、生産や販売はコントロールしやすいように定型化され、物事がデータ化しやすくなる。 最適化が最適化を加速させる。

その最適化に適応できないものは排除されます。 車に乗れない人は「弱者」になる。 人々は「弱者」にならないために、自らの生活を機械化に最適化する。 スキルアップスキルアップスキルアップ。 その「スキル」とは、すでに用意されている「システム」に組み込まれることです。 そうした人が増えれば増えるほど「システム」はよりシンプルに、効率良く、スマートになる。

「ガジェット」はその流れを受け入れつつ、ちょっとだけ穴を穿つ。 想定されていない使い方を発見することで、こちら側から「システム」に働きかけます。 機械化する社会へのオルタナティブになる。

銀河鉄道999

ただ、こうした考え方はどこか懐かしく思います。 『銀河鉄道999』で見た覚えがある。

機械化すると人は肉体の苦しみを持たず、永遠に生き続けることができる。 テツロウはその機械化を目指して宇宙を旅するわけだけど、でもそれは人として幸せなことだろうか。 いろいろな星で、いろいろな人々の暮らしを見ながら、そんなふうに考え方が変わっていく物語です。

あるいはレヴィ=ストロースの『野生の思考』。 あそこで出てくるブリコラージュが「ガジェット」ですね。 とりあえず手許にあるもので間に合わせる。 レンガをハンマーの代わりにしたり、落ちている枝を釣り竿の代わりにする。

それはデリダ脱構築の伏流でもあり、あれもまた「スマート化する社会」への抵抗の仕方だったのだろうなあ。 敏感な人たちはすでに半世紀前に気づいていた。

この本でも「列車」は「スマート」の象徴として何度も出てきます。 アウシュビッツ収容所にユダヤ人を効率良く運ぶ手段として。 日本の高度成長期に発達した「満員電車」という通勤手段として。 そして「効率良く人を殺す」地下鉄サリン事件として。

「列車」は「人をモノとして運搬するシステム」です。 何両編成で、何分おきに、どの経路を取れば最適になるか。 乗っている人が快適かどうかは二の次になる。

地下鉄サリン事件を「スマート社会」への抵抗として読み取るのは斬新でした。 「列車+毒ガス」はそのままアウシュビッツですからね。 地下鉄の「スマートさ」はそのまま「効率のいいテロ行為」と直結しています。 わざわざ社会が破滅の準備をしている。

穴のあるシステム

ゲシュテルから「社会の燃料」の話に行くかと予想していたのですが「社会の歯車」止まりでした。 システムに組み込まれた歯車になる。 それに抵抗する方略として「自分自身を社会のガジェットにする」という提案になっています。

面白い落としどころだけど、具体的なイメージが出てこない。 Jポップの歌詞の話になっていくのもわからないでもないけど、みんなが歌い手なわけじゃないしなあ。

イデアが良すぎて、書き手のイメージが追いつけないまま原稿の締め切りが来ちゃったパターンかも。 「先生の次回作にご期待ください」だろうか。 こういうのはライフワークになっていって深めるものだし。

それに戸谷先生が「答え」を書いてしまうと、今度はそれが別の新しい「スマートなシステム」になってしまうものね。 「閉じたシステム」への対抗策が「閉じたシステム」では閉塞感が半端ない。 それはすでにカルト宗教がやってることで、その「カルト」への最適化が生じるだけです。 この道も避けねばならない。

ポイントは「ガジェット化」です。

そうした概念が手に入った。 あとは各自が好きなようにこれをカスタマイズし、生活を面白くしていく。 順応主義に陥らず、かといって山にこもって霞を食べるのでもない。 ほどよくお金も稼ぎながら、ちょっとずつシステムに風穴を開けていく。

まとめ

ガジェットの「名前を持たない」という特性は重要な気がする。 自分で自分を規定しないってことだよな。 「スマートな社会」は「あなたは〜です」と役割を規定し、それ以外のことを考えなくていいようにしてくる。

考えないのは楽だけど、この楽は楽しくない。